
民泊運営の壁を壊すブロックチェーン
日本における訪日外国人客は増え続けており、2020年の東京オリンピックに向けてさらなる増加が予想されています。2016年3月30日に政府によって策定された『明日の日本を支える観光ビジョン』によれば、2020年の訪日外国人客の数は2015年の2倍となる4000万人を目標としているといいます。
訪日外国人の増加に伴う民泊ニーズの増加
訪日外国人客の増加に伴い、課題となっているのは宿泊施設の不足です。みずほ総合研究所が2016年に発表した「訪日外国人4,000万人時代の宿泊施設不足」によると、全国で4.4万室の宿泊施設が足りなくなると試算されています。特に東京や大阪などの都市部での数字は顕著です。
そんな宿泊所施設の不足を補うかたちで注目を集めているのが「民泊」です。これまでは、イベント民泊など一部の特例を除くと、東京都大田区、大阪府大阪市といった国家戦略特区での特区民泊の仕組みを活用するか、旅館業法の簡易宿所免許をとるしか、民泊を合法的に運営する方法がなく、厚生労働省が平成28年10月~12月に行った「全国民泊実態調査」では、許可を取っているのは全体の16.5%だったという結果も出ています。
しかし国もこのような事態をうけ整備を進めています。6月9日には「住宅宿泊事業法(民泊新法)」が参議院本会議にて可決・成立し、2018年1月に施行される見通しとなっており、民泊新法の施工後は一般の住宅においても民泊ビジネスを営むことが可能となるため、これまでの限定的だった民泊ビジネスが合法的に広く解放されることになります。このように国を挙げての法整備を行なう事で民泊市場は更に加速すると予想されており、国内3万件以上の民泊物件データを保有するSPIKEが2016年9月に公開した「国内民泊市場規模 成長予測」によると、2020年までに2,000億円規模まで成長するといわれています。

事業参入の壁となる鍵の受け渡し問題
法規制が緩和され成長著しい民泊事業に参入しようと思っても、施設の運用には民泊用の設備としてWi-fi環境を整備したり、消火設備や備品を設置したりと、ハード、ソフトの両面でいくつかクリアしなければいけない課題があります。なかでも運用に関する人的なコストは利益に直結する大きな課題です。民泊サービスにおいて手間とされているのが鍵の受け渡しで、通常貸し主と借り主が直接やりとりをし、泊まる際に貸し主から借り主が鍵を受け取り、帰る時に借り主が貸し主に鍵を返すということを行っています。この鍵の受け渡しを請け負う代行業者があることからも分かる通り、貸し主にとってはこの作業が大きな負担となります。
民泊サービスの発端ともいわれている「Airbnb」のヘルプページには、“鍵はゲストに手渡しするホストが多数派ですが、入り方を添えて鍵を郵送する人、鍵保管箱に鍵を残していく人、近所の人に預けていく人もいます”との記載があります。直接手渡しをする場合は、ゲストの到着が遅れたり、チェックアウト時刻の変更があったりすると、予定時刻に鍵の受け渡しができません。また、郵送や、郵便ポストの中に鍵を置いた場合は紛失や盗難にも注意が必要です。こういったように鍵の受け渡しで発生する様々な不測の事態への対応も、貸し主への負担になります。
IoTで人的コストを削減。課題はセキュリティ
そんな時に便利なのがインターネットと鍵を連動させ開閉を行うIoT製品のスマートロック。鍵の手渡しをする必要がなくなるので、鍵の受け渡しにかかる人的コストが丸々カットできます。また、鍵となる暗証番号などは貸し主に都度発行するため、鍵を物理的に紛失するリスクもなくなります。
IoTと民泊の親和性の高さは早くから注目されており、すでに各所の民泊施設でIoT化が推進されてきています。民泊客が宿泊先の検索や利用申し込み、部屋に滞在する一連の手続きをスマートフォン一つで管理できるようにする取り組みが行われています。

しかし、人的コストを削減し業務効率化を助けるIoTには特有のリスクがあります。モノをインターネットに接続する事で利便性を確保するIoT機器。パソコンと異なり目的のために必要最低限の機能しか備えていないものが多く、セキュリティ対策が万全ではありません。汎用的なセキュリティソフトなどが登場していないのもリスクに繋がる原因の一つといえるでしょう。実際に、IoT機器を狙ったマルウェアによる感染事案は増えており、2016年8月には大規模なDDoS攻撃を招いた「Mirai」が発見されたことでも話題となりました。
ブロックチェーン技術でIoTのセキュリティ不安を解消
そんなIoTのセキュリティ問題を解決するのに注目されているのが、ブロックチェーンという技術です。ネットワークでつながった複数のコンピューターが互いに監視しながら情報を蓄積する仕組みで、ビットコインの中核技術を原型としているだけあって、そのセキュリティの高さが一番の売りです。
従来のデータベースは中央集権型データベースと呼ばれ、必ず情報・データの管理者が存在し、当該管理者に情報等が集められ、当該管理者の管理の下、データベースが作られていました。ブロックチェーン技術は、分散型の次世代型データベースとも呼ばれており、情報・データの管理者が存在しません。データベースへの参加者それぞれが情報等を登録し、相互に当該情報等の信頼性を担保するため、情報等の改ざんや不正使用が相当に困難です。また、管理者が存在しないことで、これまでかかっていたデータベースの保守・管理などの運用コストの削減もできます。

このブロックチェーン技術がスマートロックを導入した民泊用の物件に活用されれば、セキュリティのリスクを抑えて、IoTの利便性を享受した、より効率的な運営が行えるのです。
民泊物件のオーナーである貸主は、ブロックチェーンによってサーバーの保守・管理費用などの運用コストが下げられた分、システム管理会社への手数料を余計に支払う必要がなくなります。システムの管理会社にとっては、スマートロックなどのIoT製品を使う際に懸念される個人情報漏洩などのリスクを低減させながら、物件の借主であるユーザーに安価で部屋を提供できるようになるため、サービス自体のスケーラビリティの獲得が期待されます。また、ユーザーにとっては部屋を安く借りられることはもちろんのこと、スマートフォンがあれば物理キーを持ち歩く際の不安も解消されます。
駅から近い場所など稼働率の高い物件では、高い収益性が見込める「民泊」。例えば、1ヶ月90,000円支払っている物件を1ヶ月30日として計算すると、1日当たりの家賃は3,000円。そこを民泊に切り替えて、1日あたり5,000円で貸し出しをすれば、1日当たり2,000円、1ヶ月でみると60,000円増え、150,000円の収入が得られることになります。
こうした可能性を秘めた「民泊」。すでに、ブロックチェーンとIoTの技術に着目し、いち早く不動産事業に取り入れている企業もあります。
5月から始めた民泊向け物件を含む、投資用アパートやマンションを管理するシノケンでは、ブロックチェーン技術を活用したシステム開発を行うChaintopeと資本業務提携し、不動産関連サービスの共同開発を行っています。また、グループ会社の積和不動産各社が賃貸住宅を管理する積水ハウスでは、ビットコイン取引所のbitFlyerとの共同事業により、不動産情報管理システムの構築を開始しています。
背景には高まる不動産投資需要の中で、将来的に賃貸だけではなく、民泊にも対応し、より多くの需要を満たす狙いがあるといえそうです。