
満室が増えると空室率が増加?
「空室率指数」の盲点
アパート経営をする際に多くの人が関心を寄せるのは「空室リスク」ではないでしょうか。空室率は賃貸経営を考える上での重要な指標です。
2015年の税制改正により、相続税の節税対策として賃貸経営に乗り出すケースが増えました。入居者を募集する物件が増えることにより、近年、空室率は上昇しているといいます。 高い入居率で賃貸経営に成功する人も多くいる中で、この空室率の実態はどのようなものなのか、詳しく見ていく必要がありそうです。
日本経済新聞なども、「空室リスクに警鐘」として2016年12月14日に記事を展開しています。ここでは、相続税の節税目的でアパート経営に乗り出すケースが増えていると書き出し、部屋の借り手が見つかれば問題ないが、首都圏や人口減の地方で空室が増える兆しが見えてきたとし、不動産調査会社のTAS(タス)の空室率データを引き合いに出しています。
TAS社の空室率は、「TAS空室インデックス(空室率TVI)」というもので、日本銀行の『金融システムレポート』で引用されるほど業界では有名な数値です。しかし、この『金融システムレポート』には、以下のような注記があります。
図表Ⅳ-1-6で用いた空室率指数の分母の戸数には、入居者を募集している建物の総戸数のみが含まれており、満室稼働している建物の総戸数は含まれない。したがって、満室稼働の建物に少数の空室が発生すると、指数計算の対象となるため空室率指数は低下する一方、空室が埋まり満室稼働の建物が発生すると、指数計算の対象外となり空室率指数は上昇する。このため、同指数の短期的な動きを解釈する際には注意が必要である
日本銀行『金融システムレポート(2016年10月)』P.38より
「同指数の短期的な動きを解釈する際には注意が必要である」としています。これはどういうことなのでしょうか。
満室物件が増えても空室率が上昇するTAS空室インデックスの計算方法
TAS空室インデックスは、TAS社が毎月リリースしている『TAS賃貸住宅市場レポート』のトップに掲載されています。最新の調査は、2017年2月28日発行の2016年12月期のレポートです。インターネット上に公開されているので、誰もが閲覧できます。
TAS空室インデックス(空室率TVI)は、分母に全室数、分子に空室数を入れて計算します。例えば、3棟の物件があったとして、1棟につき4室であれば全室数は12室です。このうちの2棟で計3室が空室であった場合、空室率はどのように計算するのでしょうか。
一般的には3棟の全室数と空室数を用いて計算すると思うでしょうが、実はTAS空室インデックスでは、入居者を募集している建物のみを対象とします。ここに差が生まれることになります。

実際には3棟あっても満室稼働物件は対象外となるため、TAS空室インデックスの計算方法では全室数が2棟分の8室となるのです。空室数は変わらないのに、空室率が上昇する結果となってしまいました。
TAS空室率インデックスの上昇が単純に空室リスクの上昇につながるわけではない
このように、TASによる計算方法は満室になるような物件は除外され、空室がある物件だけを計算対象としています。つまり、長期に渡って空室があるような物件が対象に加えられていくことになるので、空室率が上昇傾向になるのは必然ともいえるかもしれません。
また、冒頭でも触れたとおり2015年以降は相続税の節税対策として賃貸経営に乗り出す人も増えており、入居者を募集する空室あり物件の数も増えています。こうした背景を考えると、たとえ満室稼働物件が増えていたとしてもTAS空室インデックスは上昇するため注意が必要です。
日銀も『金融システムレポート』の注記に書いている通り、この指数の短期的なデータを見て、メディアが「空室リスクに警鐘」などと展開しているのは、多くの人の誤解を招くことになっているともいえそうです。