アパート経営のノウハウ

【アパート新スタイル】シェアハウスから、ソーシャルアパートメントへ

2022.10.25

アパート、マンションなどの歴史においては、これまで各住戸における快適性の追求、プライバシーを重視した設計に重きが置かれていました。しかし、最近はソーシャルアパートメントなど新たなスタイルの賃貸住宅が登場し、そうした価値観に少しずつ変化が生じているようです。個人の快適な空間は確保しつつ、共用空間に価値を見出す、他者との交流を積極的に楽しむ若者が増えてきています。さらに今後は、居住者が住む価値をエリア全体で訴求する……という考え方が広がっていくかもしれません。今回は「分散型ホテル」を事例に、アパートのこれからを考えていきます。

コミュニケーションを軸に多様化するアパート

あのWeWork創業者も賃貸住宅参入。今、大きく変化しつつある賃貸住宅事情とは」では、アメリカで今、賃貸住宅事業が多様化し「コミュニティ」が重視される傾向にあること、都市から郊外へと需要が移りつつあることを紹介しました。その要因には都市部の地価が高騰し、若者が住宅を手に入れにくくなっている切実な事情や、コロナ禍で新しい働き方が広がった背景がありますが、若者の間で他者とのつながりを求めるニーズがあることは確かなようです。アメリカだけでなく、日本でも同じような変化が起きています。

一部の若者の間でシェアハウスが人気なのも、そうした変化のひとつと言えるでしょう。利便性の良いエリアに住みたいけれど、地価が高い。一人で家賃を賄うのは無理でも、複数人でひとつ屋根の下に暮らすシェアハウスなら家賃負担を抑えることができる……。ある程度のプライバシーを確保しながら、居住者どうしの交流も楽しめるところがシェアハウスのメリットです。

ソーシャルアパートメントもシェアハウスの一種ですが、共有空間の価値やコミュニティの創出により重きを置いている点に違いがあります。たとえば共用部にコワーキングスペースやバーベキューテラスなど通常のアパート・マンションでは実現できない空間を設備することで価値を高める手法です。共用部を使って定期的にイベントを開催することで、居住者間のコミュニケーションを促す取り組みなども見られます。

また一部のアパートでは、共用部を“地域に開く”試みも。たとえば建物一階を居住者以外の人も利用できる食堂(仲建築設計スタジオ「食堂付きアパート」 https://www.nakastudio.com/works/m_apart_01.html)にしたり、アート作品の展示やパーティに使えるオープンな空間にしたり(ondesign「ヨコハマアパートメント」 http://www.ondesign.co.jp/city/housing/1/)、といった事例です。月に一度、地元野菜などを集めたマルシェが開かれるユニークなアパート(「八景市場」https://hakkei-ichiba.com/)もあります。グランドレベルのデザインによって、居住者と地域住民が緩やかにつながる仕組みを作るのが、こうした賃貸住宅の狙いです。

都心部の魅力的な土地にアパートを建てるのはもちろん、さらにその周辺の魅力をうまく利活用することで、物件そのものの魅力をさらに高めていく狙いもあります。人との繋がり、町との繋がりが保たれれば、その場所から離れがたくなり、定着率も増します。リモートワークなどで引っ越しが手軽に思われるようになった今こそ、こうした「繋がり」を用いて愛着を持ってもらおうという流れになっているのかもしれません。

コロナ禍で一層注目される分散型ホテルとは?

周辺地域と連携することで、そこに滞在する価値を建物外にまで拡張する。そうした試みは観光業においては以前から行われてきました。発展的な事例として今注目されているのが、「分散型ホテル」の存在です。「分散型ホテル」とは、特定の集落にある複数の空き家をホテルとしてリノベーションし、レセプション、客室、食堂などの機能をそれぞれの棟に分散させ、町を丸ごとひとつのホテルとしてネットワーク化した仕組みのこと。原点はイタリアで始まった「アルベルゴ・ディフーゾ(伊語でアルベルゴは「宿」、ディフーゾは「分散」の意)」と言われています。

アルベルゴ・ディフーゾでは旅行者が歴史的な価値のある建物などに宿泊し、伝統的な暮らしや豊かな自然環境など、地域が持っている魅力を引き出すためのツーリズムに参加できます。地域にどっぷり浸かり、まるで村人の一員になったような気分を味わうことができるというわけです。もともとは1976年にイタリアで発生したフリウリ大地震からの復興を目的として企画されたものですが、近年、地方創生と新しい旅のスタイルを組み合わせた施策として注目され、世界中にこの考え方が広まりました。従来の観光地で起きていた密な状態が生じにくいことからコロナ禍における新しい観光として、またワーケーションの場としても期待されています。

アルベルゴ・ディフーゾを創案し、同協会会長を務めるジャンカルロ・ダッラーラ氏は単に複数の宿をネットワークしたものではなく、「客室が複数の建物に分散していること」「客室とレセプション、食堂などのサービス施設がそれぞれ200m以内にあること」「宿泊施設としてホテルと同等のサービスを提供すること」などをアルベルゴ・ディフーゾの要件として挙げています。さらに、旅行者を迎え入れる地域に良好なコミュニティが形成されていること、「私たちが暮らす地域の魅力を、多くの人に体感して欲しい」という、おもてなしのマインドや地方創生への活力があることも重要な条件となるでしょう。これまでにイタリア国内で100か所前後、EU内で約150か所のアルベルゴ・ディフーゾが誕生し、2018年には日本でも岡山県小田郡矢掛町の「矢掛屋」がアジア初のアルベルゴ・ディフーゾとして認定されました。

日本でも広がる地方資源の再活用

同協会の取り組みではありませんが、日本の会社ノオト(NOTE)も分散型ホテルによる地域再生をコンセプトに掲げて活動しています。全国約30エリアで古民家を再生した分散型旅館「NIPPONIA」やレストランを展開。社会問題化している空き家対策、地域活性化といった課題を、地域が本来持っているポテンシャルを引き出すことで解決しようとする試みは、アルベルゴ・ディフーゾと共通する思想と言えるでしょう。前述のダッラーラ氏がアルベルゴ・ディフーゾを発案した際には、個性的できめ細やかなサービスを提供している日本の温泉旅館がヒントになったとも言われています。日本人はもともと伝統的な街並みや地域の文化全体を価値として捉える感性を持っているのかもしれません。

賃貸住宅において、周辺地域への価値拡張を掲げている事例はまだほとんどありません。ただ島根県で地域と大学が連携し、空き家を再生して学生向けシェアハウスに改築、地域住人と学生の交流や農村での暮らしを新たな価値として発信するプロジェクト(「『地域見守りたい!』地・学連携による空き家活用プロジェクト https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001403525.pdf」など、ユニークな取り組みも一部の地域で始まりました。新たに魅力を創り出すのではなく、地域が本来有している価値を掘り起こし、最大限に活用する……そうした視点が今後、不動産経営においても求められる時代が来るかもしれません。

Editor:
最終更新日:2022.10.25

おすすめ記事